Madrid Gijon Madrid 2013
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▲著者 photo by akiko

PBPの2年後に、4年に1度スペインで開催されるブルベ、それがMGM(Madrid-Gijon-Madrid)です。今回が3回目という少ない情報の中、情熱の国を走ってまいりました。

Introduction

最近日本のブルベは大盛況で、とても素晴らしいことです。しかし僕のように、締切ギリギリに「空いていれば申し込もうかな?」程度の意識でいると、定員が埋まりどのブルベにも参加できない、そんな状態でもあります。

2013年、僕はスペイン1200kmの大会Madrid-Gijon-Madrid(以下MGM)にエントリしていて、参加資格としてスーパーランドナー(SR)の取得が必要でした。うっかり忘れては大変です。そこで九州一周のヘブンウィークに参加し、一気に取得することにしました。

ヘブンウィーク

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▲新しいフレームはクロモリ仕様です

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▲こんな日本的(by Ben)なジャージを着ていました

新しいフレームで参加した僕は、一緒に走った人からまずこう言われました。
「最近ブルベの同人誌が出ているんです。知っていますか?」「え? ええ、まあ……
「そのせいで最近ブルベにオタクが増えているんですよ。あんなオタクどもに市民権を与えちゃいけない。そう思いませんか?!」

(' ・ω・`)

この時あたりは真っ暗でしたが、僕は右写真のジャージを着ていました。

3日目の指宿ではAJ会長と副会長にそこを突っ込まれました。
「あのさ、前に誕生日にピアノ曲を送ってくれたよね。」「ええ、まあ……」
「最初すごいと思ったんだけど、結局はこのアニメの関係なの? じゃあ気持ち悪いよ!」
「仮想世界の女の子がかわいいとか、お前の友達も気持ち悪いやつばかりだなー」
「そんなんだからいつまでも結婚できないんだよ!

('・ω・`)

ブルベ人口を増やすために僕ができること。それはスタッフ参加ではなく、楽しいレポートを書いて誰でも参加できると示すことだと思っていました。すべて逆効果だったのでしょうか……?
これはスペインでも確かめてみる必要がありそうです。

スペイン

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▲夜明け前、ホテル到着

さて今年の静岡400kmで出会ったバックパッカーのランドヌールにこんなことを言われました。「スペイン? 世界で一番緊張したよ、スリがすごくてね。自転車なんて持っていったら、ホテルに着く前に無くなるよ!」
それを聞いて実行したこと。

  1. 早朝に到着する飛行機を選ぶ。
  2. 絶対にタクシーで移動する。

これだけ決まると、選択肢はほとんどないかわりに、あっという間に飛行機もホテルも決まりました。
夜明け前のバラハス空港で自転車を抱えてタクシープールまで歩いたときは異様に緊張しましたが……結果、安全にスタート地点至近のホテルに到着することができました。タクシー代金が他の人の2倍取られていたようですが、代償としては安いものです。

受付

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▲観光レストラン。気温表示は37℃

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▲受付で渡された装備

僕には夏休み日数の都合があり、今回は観光をしている時間がありません。でも、受付後に、参加者と一緒にレストランに向かう機会がありました。外に出て思うのはとにかく「暑い!」これにつきます。直射日光が厳しすぎるのです。しかし湿度が低いので、日陰に入れば快適です。
彼らと完走のプランについて話しました。曰く:

  • これから北上するが、気温は最低でも15℃の予報だ。
  • 雨は絶対に降らない。
  • 夜に走って昼間に休む戦略が必要だろう。

だから、「俺はレインジャケットを持っていかないぞ!」なんて声が聞こえます。なるほど、確かにこの大会にはドロップバッグが無いので、余分な荷物は減らしたくなります。でも、長いことブルベをやっているとその手の情報を安易に信じてはいけないことはわかってくるわけです。僕は念のため、5℃までは耐えられる装備を持ちました。

スタート

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▲さあスタートだ!

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▲噴水で飲み水を補給できます

スタートは20時でしたが、気温は37℃。自販機でコーラと水を購入してやり過ごします。イタリア人チームと一緒に走る金田さん、電動シフトで挑むakikoさんと挨拶を交わし、日本からの参加者3名はバラバラに走り出しました。

街中を抜けるといきなり現れる一面の砂の大地! スペインに来たなあという実感とともに集団走行が始まります。しかしすぐに日没。暗闇の中をひた走って行くと、噴水がでてきて皆止まりました。スペインでは必ず街ごとに噴水があって、しかも水道につながっている。つまり飲料水が確保できるのです。そうか、やはり暑い国では生活に必要なものが整備されているんだなあ。呑気に、そう思いました。

しかし闇夜を走り続けていると、徐々に寒く感じてきました。指切りグローブの先が痛いほどに。これは、もしかして……気温はヒトケタ(9℃)になっていました。そう! 砂漠のような大地では、夜中は異様に冷え込むのです。ちょっと待って、気温は15℃を下回らないんじゃなかったの?! それで普通は問題ないのです。夜中に走り回る方がおかしい、そういうことなのでしょう。しかしまさか初日からすべてのウェアを着こむことになるとは、まったくの予想外です。ジャケットを2枚持ってきて大助かりでした。

越冬

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▲牛注意の標識はスペインのどこにでもありました

寒いけれど眠気はやってくるもの。「牛注意」の標識の下で何回か仮眠し、峠を越えていきます。すると日が昇ってきました。辺りは見る間に鮮やかな色彩を取戻し、生き物の時間が戻ってくるようでした。「ああ、早く暖かくなってくれ!」

すぐに希望は叶えられました。嫌と言うほどに。10時を過ぎると、意識がもうろうとしてきます。だってもう気温は40℃を超えていますからね! 晴天というのは写真を撮るには嬉しく、ヒマワリ畑は色々な画家を思い起こさせる美しさです。しかし前から吹き付ける熱風に煽られ、僕は集団から離れてしまいました。

矢印

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▲ピンクに白抜きの「矢印」、これが気が付かないときがあるんですね

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▲スペインらしい風景

大きな市街地が近づき、ルート上に矢印のシールが現れました。スタッフが現地で直接迂回経路を示したものです。なにしろキューシートに情報が無いので、気を付けないと。1つでも見失ったら、自分でそれに気づくまで、大きくコースから外れてしまいます。
するとラウンドアバウトで参加者が止まっているのが見えました。
「どうしました?」「矢印が見つからないんだ!」
ああ、ついにそうきましたか。彼によると、ここを間違うと数10kmのロスになるから慎重にするとのこと。何人か追いついてきたランドヌールが訝しげに来た道を戻っていきます。

僕は言います。「僕は今まで見た矢印を信じます。ここは右折しかないでしょう。」「じゃあ僕は戻って誰か来ないか見てみるよ」「わかりました、気を付けて!」
しかし次の瞬間、僕は保護色に隠された矢印を発見しました。「あーっ! こっちこっち! 矢印がありますよ!」そう叫ぶと、「本当だ、ほらここにも貼ってあったよ」
こうしてちょっとしたトラブルを回避すると、一気に仲良くなれますね。
「僕は地元の人間なんだ。君はどこから来たの……ああ、日本からだよね!
さすがジャパンジャージ。その存在だけでコミュニケーションに役立ってくれます!

熱中症

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▲暑くて気が遠くなる……

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▲おまもり。

ブルベでは初日にたくさん走った方が後が楽になりますよね。宿泊ポイントとして、440km地点のPC6と530km地点のPC7、どちらを選ぶかはとても重要でした。このとき18時を過ぎてPC6まであと30km。その先はずっと下り坂。これなら日付が変わるまでには120km先のPC7に余裕で着ける。そう思いませんか?
でも、ここはスペインだったのです。ボトルの水がなくなっていることに気づきました。それと同時に、心拍計が動いていないことにも。その原因は発信機が乾いているためで、汗がほとんど出ていないようです。それって、体温が下がらないのでは?
気がついたら負けです。目が回ってきた気がしました。あれっ? 足が動かない。PC6まで残り6km。たったその6kmが無限の距離に感じられます。頼む、動いてくれ……ダメだ、止まる……!
ふと、フロントバッグにつけたマスコットが目に入りました。婚約者にもらった「おまもり」です。そう、つきあって長い彼女ですが、2月に両家顔合わせが終了しているのです。
僕は出発前、成田空港でのやりとりを思い出していました。
「帰ったら、結婚しよう。」
「あーあ、言っちゃった。」
「?」
「立っちゃいましたよ? 死亡フラグ。」
あれ……もしかしてこのせいなのか……? いや、ダメです、僕は勝手にくたばることは許されません。それにここで倒れるというのは、このジャージで搬送されるということですからね? 僕は力を振り絞り、何とかPC6にたどり着きました。

PC6宿泊と休息

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▲ドミトリーエリア

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▲気温は6℃

自転車を降りて数歩歩くと、途端に気持ち悪さが急増しました。ブルベカードにチェックを受けた後、立てなくなりました。とても走り出せる状態ではありません。
「どうした?」メディカルスタッフが声をかけてくれます。
「ちょっと……疲れましたね……休みたいです……」
なんとかそう答えると、よしわかったとばかりにベッドに連れていかれました。「あのートイレは……」「いいから寝るんだ!!」そして僕は、マットの上ですぐさま眠りにつきました。

午前2時。5時間近い睡眠は、信じられないほどに体調を回復してくれました。よし、これならいける!
問題はとにかく気温です。この時点で6℃。いやいやおかしいでしょう色んな意味で。しかも20km先からは標高1200→200mのダウンヒルが待っています。一日でもっとも寒い時間帯に! 制限時間ギリギリで走る人がこうなる設定に、コースクリエイターの意志のようなものを感じます。
ダウンヒルを終え、凍えきった体で太陽が昇ってくるのを見ると、つい思ってしまいます。「早く暖かくなってくれないかなぁ」

折り返し・ヒルクライム

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▲ビスケー湾だ!

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▲ヒホンは都会ですね

スペイン北部は南とだいぶ天候が異なります。水分が多く、朝露さえ見た気がします。それでも日が昇ると気が遠くなる暑さであることは間違いありません。なにしろ気温48℃ですから。どうしてこうも極端なんだ? そして目の前の坂を登り続けていくと……なんとも鮮やかな青色が! そう、あれはビスケー湾です。この視線の遠く先には、PBPの往復地点、ブレストもある。またここまでやって来たぞ! 感慨に浸りながら、今回の往復地点、ヒホンに到着しました。あとはもう、帰るだけです。

MGMは完全な往復コース。ということは、今朝未明に下山してきた坂道を、今度は登らねばならない。気温が運動禁止領域と思しき昼下がりにです。人間一度のダメージは耐えられるけど、短期間に同じ箇所にダメージを負うと壊れてしまい、回復できないと聞きます。もう一度熱中症になるのは避けたい。
ぬかりはありません。下山時に自動販売機とBARの場所はチェック済みです! ユーロ硬貨さえあれば、冷たい水は確保できます。そして僕はメモした補給ポイントにすべて立ち寄り、何の問題もなく、PC6に帰ってきたのでした。往復コースのメリットですね!

最終日・お買いもの

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▲スーパーで肉を購入

スペインでの食糧の入手は簡単だと踏んでいましたが、夜間は店も開いていないし、PCにはお菓子しかなく、特に塩分が採れませんでした。レストランでくつろげるほど時間的余裕はありません。そこでスーパーに入って買い物です。スペイン語しか通じないので、精神的なハードルが高いのですが……
¡Hola!」とにかく、挨拶です。すると「¡Hola!」と返ってくる。これで安心です。問題なく干し肉ブロックのパッケージを手に入れ、久々の肉汁を味わいつつ、うだるような復路を走ります。すると……後ろから僕の名を呼ぶ日本語が聞こえました。まさか?!

再会!

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▲akikoさんは暑い中とても元気でした

ものすごい勢いで日本人女性が追いかけてきました。Akikoさんです。話を聞くと、あんな寒さは聞いてなかったということ。早々にDNF(リタイヤ)を決定したけれど、PC6から折り返して走っているというのです。
「MGMじゃなくて、MCMだけどね!」(Gijon→Cistierna)
イイネ! そう、ブルベは楽しんだもの勝ちだと僕も思います。笑顔で彼女を見送りましたが、早い早い。あっという間に視界から消えてしまいました。
僕は暑さに耐えきれず、店を見つけたら即座に冷たい水を買って補給しました。指さしスペイン語会話本が命をつないだと言ってよいでしょう!

風車の群れと日没

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▲日没時の風景変化は美しいですね

Castilla、いよいよ最後の峠が待っています。登るにつれて、風車がチラホラと見えてきます。その数は3、4つから10、20、いや……100本は立っているのでは!? 急げば日没に間に合う。そう気づいて、僕は必死にペダルをこぎました。そして……わずかに日没より早く、僕は峠にたどり着きました。振り返ると一面の風車が太陽を見て回っています。こんな風景を連日見てきました。そう、これはまさしく巨大な一面のヒマワリ畑!! 写真を撮りまくっていたら、地元のMTB乗りが登ってきました。
「なんて素敵な夕日でしょう!」「ああ、……まったくファンタスティックだな!」
感動。そう、こういう偶然の瞬間が見られるだけでも、ブルベを走る甲斐があるというものです。

ゴール

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▲photo by Rubén de Diego

最後のPCで仮眠し、夜明けを前に僕はマドリッドへ向けて走り出しました。徐々に白んでゆく空に、月と太陽が同時に出ています。その間には、飛行機がつけたいくつもの白線。明日は僕も、あの一本を辿って家に帰るのです。
太陽が辺りを照らし、赤茶けた大地が映し出されます。スペイン。ああ、まさにスペインを走っているんだな! 体感しながら緩やかな坂を登ると、近くの人は暖かい声援でゴールに出迎えてくれました。
「写真を撮っていいかな? Facebookに載せるよ。『日本人の先頭(チャンピオン)がゴール』ってね!」
なんとダークなジョークでしょう。また一つ、僕の黒歴史が増えてしまったようです。

走行記録

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スペインは美しく最高でした。ただし砂漠のような気温変化には、充分ご注意ください!

  • 走行距離 : 1254.8km (Polar)
  • 獲得標高 : 9620m (Polar)
  • コース難度 ★★★★★★★★ (PBPと同等)
  • 気温変化 : 6℃~48℃ (Polar)
  • 出発-到着 : 2013/8/19(月) 21:15 ~ 8/23(金) 9:27
  • 所要時間 : 84時間12分
  • 実走行時間 : 57時間53分 (Polar)
  • 移動平均速度 : 21.4km/h (GPS)
  • 睡眠 : 4.5×3=13.5時間, 3回 (Polarから推定)

Report & Photo HIROSHI Imaizumi August 2013


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